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- 「43歳から始める女一人、アメリカ留学」第10話(ライクス)- 2025.05.20(火) 09:00
「43歳から始める女一人、アメリカ留学」第10話
ライクス
2025.05.20(火) 09:00
「43歳から始める女一人、アメリカ留学」
第十話・・・よみがえる、18歳の時の心もとなさ
教授の部屋はメインのキャンパスから道を一本はさんだビルにあった。写真で見た通りの、風格ある容貌の、初老のアメリカ人男性だ。
「はじめまして、ミホといいます」 「どう、生活は落ち着いた?」
といった簡単なやりとりをし、私がアメリカに来て取材をしたいと考えるに至った理由について、説明した。ここまでは、日本でも人に「なんでこの年になって、留学したいなんて思ったの?」と聞かれた時、いつも答えている想定問答の範囲だった。
しかしすぐさま、会話は急展開した。
「で、具体的には、キミは僕にどんな手助けを求めているの」
まずは談笑から、といったのんびり感は皆無。急にマイクを向けられた私の口は、とたんに、上滑りしはじめた。
「んー、んー」 日本語じゃないんだから、ウェル、とでも言えばいいものを。
こんな制度、あんな制度について取材をしたい。と文章未満のフレーズを、ただ羅列した。どんな手伝いをしたらいいのか、の答えにはなっていない。分かっていたのだが、実際のところ、私の頭は光が強すぎて白浮きした写真のような状態なのだ。何が写っているのか、もう、分からない。 「この人たちに連絡して」。 3人の人名を書いた紙を渡された。
「それから、図書館を使いたいんですけど」 「図書館ね。じゃあこの人に、メール書いて頼んでみて」
20分ほどで、あっさりと話は終わった。拍子抜けした。
せっかく学校に来たのだから、キャンパスへ行ってみることにした。ビルの前には、バスがひっきりなしに通る道がある。その道を渡り、メイン・キャンパスとやらを歩いてみよう。
けれども地図を片手に、キャンパスに足を踏みいれた途端、妙な感覚におそわれた。浮遊しているような、足下のおぼつかない感じがした。
通りかかるのは、アメリカ人の若者ばかり。20歳前後の、ぴちぴちした若い人ばかりだ。それにみんな、だれか友達と並んでいるし、英語を話しているのだ。当たり前だが。ここは大学だから学生が主役、学生は友達とつるむもの。それにここはアメリカ、英語で話すしかないでしょう?
よく分かった。ここは、43歳、1人でやってきた英語のできない日本人のために用意された場所ではないのである。
この浮遊感、身に覚えのあるものだった。18歳の時、はじめて奈良から東京へ出てきた時である。
あの時、一番驚いたのは、地方からでてきた者が、なぜか、入学初日から、標準語を話していたことだった。東北出身だって、九州から来たって言ったよね、なんで標準語を話しているの? 聞きたいけど、口に出せなかった。そんな質問が憚られるほど、みんなが、板についた標準語を話していた。 関西弁で話す私は、ありていにいうと、浮いていた。
家に帰って、どうだった、と電話で父親の声を聞いた。とたんに私はしゃくりあげ出した。帰りたい、と言いたかった。
あの時の思いを、まさに再体験しているのだ。
キャンパスをひとしきり歩き、撤収することにした。帰りは、挨拶に立ち寄った事務の女性が、バス停まで送ってくれた。
ああ、私も人と並んで歩いている。しみじみと彼女の厚意が身にしみた。
しかしまもなく、彼女をちょっと恨んだ。そのバス停は、私の使うバスのものではあるが、方向が逆。家から来る時の方向のバス停だったのだ。行き先、言ったのに−−。
30分で着くと思っていた家路は、1時間かかった。バスにのって終点までいき、意味が分からず立ちすくんでいると運ちゃんに怒鳴られて降ろされた。帰り道のバスに乗り換えると、もう一度大学の前を通ることになった。
日も暮れて、ようやく家にたどり着くと、ソファに倒れ込んだ。ああ家だ、ここが私の家なんだ。安心感に、緊張の糸がほろりとほどけた。そしてこの日もまた、泥のように眠り込んだ。
次回、またね。
フリーライター
長田美穂さん(ながた みほ、1967年 - 2015年10月19日 )
1967年奈良県生まれ。東京外国語大学中国語学科を卒業後、新聞記者を経て99年よりフリーに。
『ヒット力』(日経BP社、2002年)のちに文庫 『売れる理由』(小学館文庫、2004年)
『問題少女』(PHP研究所、2006年)
『ガサコ伝説 ――「百恵の時代」の仕掛人』(新潮社、2010年)共著[編集]
『アグネス・ラムのいた時代』(長友健二との共著、中央公論新社、2007年)翻訳[編集]
ケリー・ターナー『がんが自然に治る生き方』(プレジデント社、2014年)脚注[編集]
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